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松山地方裁判所今治支部 昭和30年(ワ)66号 判決

原告

株式会社広川商店

被告

株式会社木万商店

主文

被告は原告に対し、金十七萬七百九十円及び之に対する昭和三十年八月四日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告、その三を被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

原告会社が莚、縄の販売を業とし、被告会社は青果問屋及び果物等の罐詰製造、販売を業とするものであること、

原告は、被告の罐結工場に隣接して、木造瓦葺二階建の倉庫一棟、建坪十二坪五合(外二階十二坪五合)を所有していたこと

昭和三十年七月七日被告は、同日大量に入荷した桃を腐らせぬよう速かに罐詰にすべく、訴外の汽罐士渡辺敝はじめ従業員を督励して作業に従事させていたこと

しかるところ、同日午後九時半頃、原告方の前記倉庫から出火し、倉庫の外壁を残して全焼し、在庫の藁製品は取り出す暇もなく全部焼失したこと

原告は、右倉庫及び在庫の商品に対する保険契約により、興亜火災保険会社から保険金三十四萬三千円の支払を受けたこと

以上の事実について、当事者間に争いがない。

被告は、右火災の原因を争うので考える。

成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の一、二、三、同第三号証、同第四号証、同第五号証、同第六号証、同第七号証の一、二、当裁判所の検証並びに検証現場における証人渡辺敝の供述により右火災は、同日、被告方で早朝からボイラーを焚いた石炭殻を、原告方外壁に接着した場所に、終日多量に放置したことが原因となつて、起つたもとが明らかに認められる。

そこで、進んで、被告並びに被告方被用者である訴外渡辺敝の失火責任の有無について、審究する。

失火の責任に関する法律が、失火の場合に、民法第七百九条の適用を失火者に重過失ある場合に限る所以は、木造建築が過半を占める我国におして、莫大な損害を生じ易い火災について、失火者に過失ある場合常に不法行為による損害賠償を認めると、失火者に過当の負担を強いることになるので、これを避けるためであるともみられるのであつて、重過失の認定に当つて、慎重なることを要することは勿論であるが、不法行為制度が損害の公平分担を一面の理想とする以上、具体的な場合について、重過失の認定に遅疑することは許されないと考える。

右の見地に立って、被告会社並びに訴外渡部敝の重過失の有無について考えるに、まづ、前記の各証拠によつて、次の事実を認定することができる。

まず、原告方倉庫の現場附近の状況は次の通りである。

原告方倉庫は、今治市片原町二四二番地に所在し、原告方店舖、住宅とは遠く離れて独立し、片原町三丁目の道路に向い海岸に面して建てられ、間口四、七米、奥行一〇米の細長い木造スレート葺の中二階建の建物で、三方外壁はモルタル塗の準防火装置になつている倉庫裏は〇、九米を巨て、被告方罐詰工場ボイラー室となり、倉庫の南隣は広島屋旅館で、倉庫との間は、巾二、三米、長さ十米余の細長い露路を経て道路に通じている、附近は海岸前通り商店街、人家櫛比の箇所である。

火災は、倉庫南側露路に面する外壁西寄り木万方ボイラー室隣の石炭置場から、近々四、五米の附近から出火し、倉庫のみを全焼して鎮火、被告方にはほとんど被害はなかつた。

当日の被告方の状況は次の如くである。

訴外渡辺敝は昭和三十年二月二級汽罐士免許をうけ、同年六月十五日から、被告方罐詰工場ボイラーの責任者となり、ボイラー落成の同月二十一日から、直経七二〇ミリ長さ一二二八ミリ、一日の石炭消費量一三〇キロ限度のボイラーを焚いているが、石炭殻の捨場がないので、被告方の代表者に聞くと、被告方倉庫の横(前記発火場所附近)にすてゝ置け、後で若い者に他所へ捨てさせるからというので、倉庫の南壁指定の場所をみると、一見コンクリート風に見え(後でモルタル塗とわかつた)たので、残り火をよく点検すれば差支へないと判断して、これまでも捨てゝいたが、火事の七月七日は、大量の桃が入荷し罐詰にするため、朝からほとんどボイラーを焚きづめで、ボイラー給水、投炭、石炭がら捨てを一人でやつていたので、仕事が忙しくて手が廻らず、かき出した石炭殻は石炭置場の横に水をかけて二回分ほど放置し、三回分位ためて石炭箱に入れ、広川方倉庫横へ捨てに行つた、朝から五回位捨てに出て、同日午後七時半か八時頃、五回目に捨てた分も、一応水をかけてはいたが、疲れていたのと急いでいたので、三、四回目までは、スコツプでひつくりかえしていた、残りの火の点検をせず放置したので、不完全燃焼のため、コークス状になつた石炭がらが再燃して、午後九時半頃長さ一間位、巾一尺五寸、高さ二尺位の石炭がらの中央部が真赤な火になり、原告方倉庫の接着する部分が過熱され、中の藁製品に点火して、火災にいたつた。

訴外渡辺敞は、右失火罪により、略式命令で、罰金五千円に処せられたことが認められる。

右の認定事実によると

被告会社自体としては、その代表者の行為に重過失なき限り、被告会社の重過失は認められないのであるが、被告会社代表者として、一応消火した石炭殻の捨場を、前記の場所に指示したことをもつて直ちに重過失ありとなすに足りない。

しかし、訴外渡辺敝については、同人は略式命令により失火罪で罰金五千円に処せられ、その略式命令が確定しているし、被告も訴外人に過失の存在を争わない。

訴外人の右の刑事責任は、刑法第百十六条第一項による責任であつて、同法第百四十七条の二にいわゆる業務上過失又は重過失によるものでないので、民事上も訴外人に重過失を認定することができないとの議論も立ち得るが、右は刑事責任と民事責任を混同するもので、之を採ることができない。

前記の認定事実に、成立に争いのない甲第八号証に、証人森川喜代市の供述を併せ考えると、訴外人は、被告方のボイラー汽罐士として、火器の使用、管理(当然石炭殻の管理を含む)に専従する者であるから、消防法第九条に基づく、今治市火災予防条例第三章第四条第八号取灰等で火気使用後二十四時間を経過しないものは、不燃性容器又は土坑に入れ、安全な場所におかなければならない、の規定により、法令上の火災予防の義務を負担するところ、右義務に違反し、その上、右安全な捨場が出来ていない場合には、自ら、可及的安全な場所を選択するほか、石炭を完全に燃焼させて、再燃のおそれのないようにし、石炭殻を捨てるときは、万一にも再燃することのないよう、完全に注水の上消火し、残火の有無について万全、周到の注意をなすべき義務があるにも拘らず、早朝からボイラーを焚きつづけたゝめ、不完全燃焼の石炭殻が混入し、之が再燃するおそれあることを知りながら、漫然指示によつて、倉庫に接して、多量の石炭殻を放置した上、不注意にも、残火の点検を怠つて、本件失火を招いたのであるから、注意義務を著しく欠いたものといわなければならない。

当裁判所は前述認定事実によつて、訴外渡辺敝に重大なる過失ありと認定する。

つぎに、右渡辺敝が被告の被用者であり、本件の失火は、同人が被告方の事業執行中、起きたものであることは、以上の証拠により明らかである。然して、失火者の使用者の責任を認めるためには使用者の重過失を必要としないこと判例(大判大正二、二、五)であるから、訴外人を、被告がボイラー汽罐士として雇傭し、その事業である罐詰製造のためボイラーを焚き、その残火の不始末という、被用者の重過失により、本件の失火をおこしたのであるから、使用者として、被告は、民法第七百十五条の使用者の損害賠償責任を免れることはできない。

被告は、訴外人の選任監督に過失がなかつたと免責事由を主張するが、訴外人が二級汽罐士免状を所持する有資格者であるからといつて、直ちに選任に過失がないと主張することはできないことはいうまでもなく、その監督についていへば、被告会社のために、監督をなす、被告会社代表者(又はその監督を、同人の代理としてなすと認められる訴外村上政一、被告会社代表者父)が前述のように、訴外渡辺敝の求めによる、完全な石炭殻捨場の設置もせず、前記のような石炭殻捨場を指示したことは、指揮監督にその責を尽したといゝ難く、被告会社の使用者としての責任は到底之を免れることはできない。

右認定に反する証人村上良已の供述、被告代表者本人尋問の結果は措信しない。

次に本件失火による、原告主張の損害賠償請求額について、その当否を考える。

(倉庫焼失による損害)

他人の所有物を滅失した場合は、原則として、滅失当時のその物の交換価格が賠償すべき損害である。成立に争いのない甲第十四号、乙第一号証及び証人起塚竜次郎の供述、原告代表者本人尋問の結果によつてこれを考えるに、全焼した原告方倉庫の焼失当時における交換価値如何というに、右倉庫は、昭和二十五年二月頃、原告代表者個人が建築したものを、昭和二十七年原告会社成立とともに、株主の了解を得て、金二十萬円をもつて、会社財産に組入れたもので、右価格をもつて原告会社が取得したとみるべきである、然らば、右倉庫の焼失によつて、原告会社の被つた損害は右取得価格を標準となすべきであつて、仮令、原告代表者個人が金四十八萬円で新築したとの事実が、証明できたとしても、原告会社が之を金二十萬円で取得した以上、本件倉庫の如き建物は、通常その建物の性質上転々売買を予想されないものであるから、特別の事情の認められない限り、その取得価格(右建物について成立した交換価値)をもつて損害の限度とすべきものである。他に原告の立証をもつてするも、焼失倉庫の交換価値を認定すべき資料はない。(原告代表者本人尋問結果の本件建物を金二十五萬円の評価で原告会社財産としたとの点は、金二十萬円の誤りと認める)

(オート三輪車の破損による損害)

証人片山富太郎の供述により、真正の成立を認める甲第十号証に同証人の供述を併せて、原告方所有オート三輪車が火災により損害をうけ、その修繕費として、金二萬四千八百七十円を原告が支払つたことが認められるから、右出費は本件失火による損害と認められる。

(焼跡整理費)

証人田中源司の供述により、成立をみとめる甲第十一号証一、二に同証人の供述によれば、原告は、焼失倉庫焼跡整理のため、金三萬二千七百円の整理費を支出したことが認められる、右出費の範囲内である原告主張額は本件失火による直接の損害と認める。

(在庫品の焼失による損害)

証人広川秋子の供述、原告代表者本人の尋問の結果により、真正の成立を認める甲第九号証の一乃至五に、証人広川秋子、同起塚竜次郎の供述、同山本春樹の供述、原告代表者本人尋問の結果を併せ考え、倉庫に在庫中焼失した商品の数量及価格は、

荷造莚 五、〇〇〇枚 一枚当単価二十五円 計十二萬五千円

二分縄 二、一二六貫 一貫当単価五十五円 計十一萬六千九百三十円

四分縄   二八二貫  〃 単価四十五円 計一萬二千六百九十円

タコ縄   一〇〇貫  〃  単価五十円 計五千円

合計           二十五萬九千六百二十円

であると認める、右認定を左右するに足る証拠は認められない。

(その余の損害賠償の請求について)

まづ、火災見舞に対する謝札の新聞広告費を原告が支出したことは証拠により認められるけれども、右の広告は、火災罹災により通常生ずる当然の出費とは認め難く、被告の失火と相当因果関係に立つ損害とは認められない、右の如き広告は、一面営業広告の意味をも持つことは公知の事実で、罹災者の任意になすところであるから被告において、原告方の右広告をなすべき特別の事情を予見し、又は予見することを得べかりしことの立証なき以上、賠償を要する損害とはならない。

その他、消防団、消防手伝人その他に対する接待費、地元消防分団に対する寄附金等も、原告が任意になしたところであつて、火災に起因する直接の出費とはいゝ難く、罹災当時被告がこれを予見し、又は予見し得べかりし事情も認められない。

次に在庫品払底による損失、倉庫がないために、商品仕入に支障を生じたる損失等、原告の主張するところは、やゝ漠然としているが、原告代表者本人の尋問の結果によると、高い商品を仕入れたために、その差額の損失をうけたというにあるが、商品仕入価格の値上りによる損失も亦特別事情による損害として被告方で予見しうべかりしことの立証がなければ之を認め難い。

倉庫がないため支障を来したによる損失が、倉庫がないために、営業に支障を来した損害としても、何をもつてこれを算出すべきや、原告主張の当否を判断することができない。

精神的損害についても、焼失の倉庫、在庫品等にその財産的価値の他に精神的な関心、例えば父祖の遺愛品であるというような事情があるならば格別、単なる商品及びその格納庫の焼失により、直ちに精神的損害を生じたとの主張は、その主張自体到底之を採用し難い。

以上いづれも、原告主張の損害の発生は、本件失火との間に相当因果関係が認められないから、右損害の発生による賠償の請求は之を認めることができない。

よつて、当裁判所は被告方の失火による原告方の損害は、

(倉庫焼失による損害)二十萬円

(在庫商品焼失による損害)二十五萬九千六百二十円

(三輪自動車損傷による損害)二萬四千八百七十円

(焼跡整理費)二萬九千三百円

合計金五十一萬三千七百九十円の範囲で、之を認むべきものであると考えるから、右損害金より、当事者間に争いなき、保険金三十四萬三千円を差引き、被告の負うべき損害賠償額は結局合計金十七萬七百九十円である。

原告の本件失火による損害賠償の請求は、右の範囲内で之を容認しなお、記録の上で明らかな本訴状送達の翌日である昭和三十年八月四日から右に対する法定年五分の割合による遅延損害金の請求を認め、その余は之を棄却すべきものである。

仮執行宣言は適当でないから、之をしないことゝし、訴訟費用は民事訴訟法第九十二条により之を四分し、その一を原告、その三を被告の各負担とする。

よつて、主文の通り判決する。

(裁判官 西田篤行)

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